Wired Japanに「未来の世界のコンピュータ」を考えさせるビデオの紹介記事が登場。

 

 

この映像はGoogleが進めているウェアラブルコンピューティングプロジェクトで、自分がアイウェアをかけて行動をしたらこういう生活になるよ、と提示している。指示は口頭で行われ、その結果がアイウェア上に投影される。表示されるアイコンデザインや音声認識後の挙動を見ると、今私達が使っているアプリケーションの延長線上に、こういうガジェットが出てくることがありえそうだとうならされてしまう。

人間は自分の生きる時点から未来はどうなるのか、想像を膨らませることができる生き物である。人間の未来の生活はこうなるのではないかというコンセプトビデオは、過去にいくつも登場している。

有名な所では、AT&Tの1993″You will”AdsというCMがある。 CMには、今ではごく普通に生活で利用されているカーナビやタブレットPCが登場する。

 

 

それよりも前、1987年にはAppleがKnowledge Navigatorというコンセプト・ビデオを作成している。こちらは優雅なクラシックが流れる中、電子ブックを開くとコンシェルジュ(もしくは秘書)が現れ、予定を伝えたり、指示を言付かる。映像にでてくる電子ブックの筐体やインターフェイスは、古き良きマックのデザインを感じさせる。Appleが売りまくっている今のiPadからは随分とかけ離れるデバイスだが、でも、音声応答機能はSiri、オンラインコミュニケーションはFacetimeへとつながるものだとわかる。

 

 

Microsoftも2011年にProductivitiy Future Visionで来るべき未来社会を提示している。このビデオになると映像のクオリティがかなり高くなる。タッチスクリーン的な操作をするシーンが提示される。Tom Cruise主役の未来映画Minority Reportにも出てくるように、投影スクリーンを空中で思うがままに操作する感覚を受ける。

 

日本でも、100年も前に未来はこうなると予想したものがある。報知新聞には20世紀の社会を想像した記事が掲載されている。

私たちは、未来世界の予言や想像図、ビデオを見ると、こんな時代がくるんだろうか、といぶかしがる。自分自身を振り返ってもWindows95の発売に驚嘆した時代、iPadのような操作感を提供するガジェットがでてくるなんて想像すらしなかった。しかし、こうやって過去に人々が夢見た映像を見、自分たちの現実社会で実際に形となり、普及しているiPadのようなテクノロジーをみると、あながち突拍子も無いこととは言えない。

Glassのようなガジェットを普通に身につけるような時代がくるのか、まだ不思議な感覚はあるけれど、普通に利用される日がやってきそうな気がする。